緩和ケア・終末期療法としてオルゴール療法
  日本オルゴール療法研究所 日本オルゴールセラピー協会

乾燥肌の症状 対策 対処法 解消 改善   オルゴール療法

オルゴールの高・低周波が脳幹の機能を改善して恒常性を回復

3曲144弁 「アンボイナ」

オルゴールの響きの中に私たちの脳の血流を回復 する力があり神経とホルモンの分泌を正常にして自 然治癒力で心身を根本から改善の自然療法です。 どのような異常にでも何らかの改善が見られ、根本 から改善された心身は生活習慣や環境などから来 るストレスに対して抵抗力があり新たな症状をひき 起こさない優れた健康法です。

緩和ケア・終末期療法としてのオルゴール療法

義母は、また元気になって退院出来ると私は信じていました

3月1日、2年前から腎臓透析をしていた義母が急性胃腸炎で入院しました。
3月24日、主人と病院にお見舞いに行きました『いつまで生きないといけないんやろ』と言い『お花きれいやね、いつも優しくしてくれて有り難う』が第一声でした。 この辺りでは、義母やまた元気になって退院出来ると私たちは信じていました。

3月26日、お見舞いに行くがほとんど眠っている状態でした。介護士さんにお食事をさせて頂いていましたが、食事中もほとんど眠っている状態でした。

3月29日、父と主人と私とでお見舞いに行きました。『お父さん遠い所有り難うございます』と言いその後はほとんど眠っていました。食事はほんの少しでした。

4月1日、主人と私とでお見舞い、ほとんど眠った状態でした。この日から食事は喉を通らなくなりました。お茶を上げると『有り難う』と言いました。

4月3日、腸閉塞で便がでなくなりました。

4月6日、両親と私とでお見舞い、鼻からチューブを胃腸へ挿入。この日からオルゴールを持参、枕元で2時間半ほど聞きました。開けていた口をオルゴールを聞き始めるとすぐに閉じ、お見舞いの桜の花に『ウンウン』とうなずきました。血圧と体温は良い状態だそうです。

4月8日、お見舞い、お昼から吸入のチューブがはずされました。お花を見て喜び、私たちに『ありがとう』と言い、その後2時間半オルゴールを聞きました。深く眠ったのがよく分かりました。

4月11日、腸が腐敗しているために緊急手術、『手術しないと2〜3日の命』と言われる。開腸の結果腸の腐敗ではなく脱腸であることが判明、元に戻されました。

4月12日、母と私とでお見舞い、脱腸を戻してからお腹は楽になりました。オルゴールを2時間半聞きました。スヤスヤと眠り、帰る頃に優れなかった顔色がほんのりピンク色になりました。手も温かくなり『又来て下さいね』と言われました。手術の良い面もあり、血が止まらなくなり血小板も少なくなっている様子でした。

4月13日、母と私とでお見舞い、点滴の血小板が血液に入らない、オルゴールを2時間半聞いて、あくびをし、土気色の顔が帰る頃にはとても良くなり、手も温かくなりました。

4月16日、義兄と主人と私とお見舞い、お花を見ても反応がなくなりました。オルゴールを2時間半、オルゴールを聞くと顔色が良くなり手も温かくなりました。野菜ジュースを以前より沢山、ストローで強く吸われた。帰りに義母さんと握手しました。

4月17日、医師より『危ない、2〜3日のいのち』と言われました。

4月18日、酸素吸入はせず、『昨日から声を掛けても反応がない』と主人の妹から報告がありました。血圧は安定していましたが、皮膚は土気色でした。帰りに『義母さん帰りますね』と声を掛けると、パッと目を開けて『ありがとう』と言われ握手を求められ廻りにびっくりされました。

4月25日、母と私でお見舞い、呼吸が短く口を開けて苦しそう、痙攣が起き硬直状態に。オルゴールを枕元で2時間鳴らしながら身体をさすると、その間5回痙攣がありましたが、その都度早く痙攣が収まり、その後は呼吸が長くなるのです。この時ほどオルゴールを頼もしく思ったことはありません。有り難いと強く思いました。

4月28日、早朝3時12分安らかに息を引き取られました。もう一度!耳元でオルゴールを聞かせて上げたいと思っていましたのに叶いませんでした。それでもオルゴールが沢山お役に立ったことが私の精一杯の、そしてせめてもの慰みとなりました。
いつもオルゴールを聞く顔色が良くなり、手が温かくなり、ほんのりピンク色になりました。呼吸も楽になり痛みを和らぎました。そして心が、魂が癒されたことと思います。心からオルゴールに有り難うと感謝しました。

看護師さん達もとてもやさしく、痰を取るとき、吸入チューブを挿入するとき『気持ち悪いけど我慢してね』『終わったよ、頑張ってるよね』と意識のない義母に話し掛けてくれました。『ご本人は全部わかっていますよ、さすってくれたこと、そばにいてくれること、安心されていますよ』と教えてくれました。今は感謝の気持ちでいっぱいです。ほんとに有り難うございました。 4月28日 40代女性 兵庫県

義母の最期 手記原文
       オルゴールセラピスト 真嶋雅子 兵庫県              

「私は、オルゴール療法に出会って、もうすぐ1年半になります。その間に、私と息子、両親、妹と妹の娘、その夫、叔母と次々に病気を改善させて頂きました。感謝の気持ちでいっぱいです。今回義母の病気から死を通して様々なことを学ばせて頂きましたのでお伝えしたい思います。

義母は2年前の4月までは、糖尿病はありましたが、いたって元気でした。5月に家の前で転倒して自分で立ち上がれないようになった直後から肝臓病になり透析を週3回しないと命の保証はないと言われる程に病状が進行しました。

自分で立ち上がれないという精神的ショックで身体にも大きな影響を与えたようです。お見舞いに行くと弱っていて食事も進まずお茶しか飲んでいませんでした。家族は義母がこの病院で最期を迎えると感じていました。

医師も退院して透析に通って下さいと勧め、それから義母は不思議なことに食欲も出て元気になりました。病院の食事は制限もありおいしくなさそうでした。好きなものを食べられないだけでも弱ってしまうのでしょうか?

1年10ヶ月が過ぎた今年の3月に、進んでいた食事が取れなくなり急性胃腸炎で入院、主人とお見舞いの時に「雅子さんいつまで生きないといけないんやろ?」と言い相当落ち込んでいることが判りました。お見舞いのお花を見て「きれいやね有り難う」と言い癒されたようでした。

義母が個室では、寂しいだろうと思い、2日後には母と息子、次には、父と一緒にお見舞いしましたが、その3日日間で病状がはっきりと違うことを認識させられたのでした。半分以上眠り、自分で食事を取れない状態で、私たちが病室にいる3時間の間も声を掛ける私たちに一言二言で目を閉じるのです。

このままではどんどん弱ってしまうと思い、声を掛けると一言『ありがとう』、看護師さんにもいつも『ありがとうございます』と言っている義母をとても立派だと思いました。

4月1日から食事が喉を通らず、3日腸閉塞だと言われました。6日、鼻からチューブを挿し腸から吸引され痛ましく見えました。 この日からオルゴールを病室に持ち込んで枕元で聞くようにしました。時間はおよそ2時間半です。それまでは主人にも遠慮してオルゴールを持ち込めなかったのです。

でも今聴かせてあげずに何時?という気持ちがわいて来てやっと実行したのでした。口を開けて寝ていた義母がオルゴールを聴くと直ぐにに口を閉じました。呼吸が楽になったのだと思います。お見舞いの桜の花にうんうんとうなずいていました。

「血圧と体温はいい感じですが、1日から何も食べていない」と看護師さんから報告を受け気になりました。お見舞いのお花に『有り難う』と言います。でもこの言葉を聞くと最期の言葉のようで悲しくなります。オルゴールを2時間半聴きました。直ぐに深い眠りに入るのがよく解りました。ホッとしてオルゴールさん有り難うという気持ちになります。

11日に「腸が腐敗しているかもしれないから」と緊急手術をしました。「手術しないと2〜3日の命」と言われましたが、お腹を開くと脱腸だと分かり元に戻されたようです。

12日、オルゴールを2時間半聴きました。脱腸を戻してから楽になったようです。はじめに悪かった顔色がほんのりピンク色になり、冷たかった手がとても温かくなりました。オルゴールに感謝の合掌です。返り際に『又来てくださいね』と言われ喜ばれているのを感じ又来ようと思いました。

13日、血小板の数も少なくなり、血がなかなか止まらなくなりました。顔色が土色で手も冷たかったのですが、オルゴールを聴くとすぐにあくびをし、帰りには手も温かくなり、顔色もとてもよくなりました。

16日、オルゴールを2時間半聴き、聞き始めると顔色はよくなり、手も温かくなったのに、お花を見ても反応しなくなりました。パックの野菜ジュースを勧めると力強く飲み、義母から求められて強い握手をしました。

17日、医師から2〜3日の命と告げられました。18日、都合で50弁のオルゴールを持ち込み、病室で主人も皆も悲痛な面持ちでしたので、オルゴールを掛ける雰囲気ではありませんでした。誰が声をかけても応答しなくなり、顔色は白く、よくありませんでした。帰りに「お義母さん帰りますね」と言った途端にパッと目を開けて『ありがとう』と言い、手をだして握手を求められました。びっくりするやら嬉しいやらその場に立ちすくみました。主人も妹もびっくりし、2人とも泣いていました。

20日、今日透析出来なければもうダメですと言われ心配でしたが、何とか出来てホッとしました。痙攣が始まりました。主人の兄弟が交代で泊まり込み酸素吸入も始まりました。延命するかどうか皆で悩みました。その間、一度心臓が止まりました。延命は義母を苦しめるので結論が出ませんでしたが、長男から「先生におまかせします」ということで延命が決まりました。

25日、一週間ぶり病室に誰もいなかったのでオルゴールを2時間聞きました。今までにないほど顔色の悪かった義母、呼吸も短く苦しそうです。いきなり痙攣が起き、硬直状態になりました。オルゴールを鳴らしながら必死に身体をさすりました。痙攣が治まり、呼吸も長くなりました。

28日、早朝安らかに息を引き取りました。多臓器不全でした。オルゴールは義母をいっぱい助けてくれました。ピンク色の顔色、温かい手、呼吸も楽に、少しの痛みはすぐに楽になりました。何よりも魂が癒されたことと思います。

この1ヶ月間義母を看病することで大切なことを学びました。母親のお腹から無事にこの世に生まれることも大変です。生きることももっと大変です。死ぬことがこんなに大変だとは思いませんでした。死ぬるとは、本人にとっては最期の修行でしょうか?死に向かいながら瞬間を精一杯生きることなのだと。義母はきっと感謝の気持ちで旅立たったと思います。私たちも思い残すことはありません。30日、お葬式の日は全国快晴の日に当たりました。

現在ホスピスは主に"がん"の末期患者に専門的なケアをすることになっていますが、がん患者に限らず、痛みや呼吸困難、不快感など様々な苦痛を伴います。その場面で家族が出来ることは、言葉で励ましたり、身体をさすったりすることくらいしか出来ません。本当に辛いものです。オルゴールがあれば、家族がゼンマイを捲いてしっかり聴かせてあげることで、苦痛を少しでも軽くしてあげることが出来るのです。

オルゴールの響きは、病人だけでなく家族も癒してくれます。快方に向かっている人に、死に向かっている人に、全ての人達に勇気をくれると思いました」

省いた部分付け加えます

 「私は、義母が亡くなるまでの一ケ月程の入院の間に12回病院に通いました。 車で家から運転して片道二時間弱、よく通えたなあと思います。それも、オルゴール のお蔭だと・・・なぜなら義母にオルゴールを聴かせてあげたいという大きな目的が あったからだと思います。義母は私達家族がお見舞いに行ってもほとんど眠っていて 声をかけても答えてくれるのは一瞬の間でした。でも眠っている間でも体調の悪さは 私達に充分わかりました。

身一つで通うことは、とても苦しいものになっていたと思います。 なぜなら、私達にはその苦しみをとってあげることはできないからです。 でも、オルゴールのぜんまいを捲いて何度も聴かせてあげることで義母の苦しみ が楽になるのを目の当たりにして、私は何ともいえない喜びを感じました。

死がそこまで近づいてきた時の義母の苦しみは、壮絶なものでした。そんな時、オルゴ ールがどれだけ頼もしく思えたことか・・・

それと、延命についても考えさせられました。症状がどんどん悪くなると、はたで見てい てもかわいそうになって、延命処置をするのがいいのか悪いのか、とても悩みました。 でも、現代の医学のできる限りのことをしてあげることはとても尊いことだと思います。

マザー・テレサがなぜ助からないと分かっている人に、貧しく誰からも顧みられない人のために、 それほどまでに、やさしく接し、医療を施すのか?とある方が訪ねたときに『その人が亡くなる時に、 この世に生まれてきてよかったと思えるように』と答えたそうです。

きっと義母も死に向かいながらも、精一杯子どもたちにしてもらい、 そのように思ってもらえたらいいなと思いました」

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